栃木県足利市島田町というところ

この見事な田んぼは・・・栃木県足利市島田町というところです。ワタシが生まれ育った・・・

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・・・否、生まれたのは兵庫県伊丹市で、その後3歳頃に大阪府豊中市に移り住み、9歳=小学3年生の夏休みに当地に来て、18歳で高校を卒業して大学入学のため上京するまで・・・要するに少年時代と青春時代を送った部分的に懐かしい場所というワケです。

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・・・ザ・関東平野真っ只中なので、「兎追いしかの山」はありませんが、「小鮒釣りしかの川」はあります。≪矢場川≫といいます。幼少期を過ごした大阪府豊中市は大都会・大阪の衛星都市=近郊住宅地なので、比較的自然豊かな場所ではありましたが、家の近所で小鮒を釣るにはお金を払って釣堀に行くしかなく、カブトムシやクワガタはデパートとかで「買って」いました。それが、子供だけの力で手に入る土地に引越してきたのだから、当時のワタシの興奮と言ったら・・・やはり人間には「狩猟本能」というヤツが残っておるのですな。その夏早速友人となってくれた近所の小さな「釣り名人」「虫取り名人」達に指南してもらい、毎日のように川に林に出掛けたものです。

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・・・そんな「狩猟」に自転車で出撃する際、いつも前を通っては目にとまり、心に引っ掛かっていた謎の・・・

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・・・まあ、要するに野仏というヤツですな。オーソドックスな「庚申塔」というヤツで、謎でも何でもない。

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・・・後年、この野仏に異常に興味を抱き、各地に遠征しては写真に収めたものです。

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・・・再び矢場川。今夏の帰省時に、久々に車でこの辺りを通り掛って、懐かしさのあまり、車を止めてしばらく放心。

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・・・良い子供時代を送らせて頂きました。今見ると、本当にのどかで平和で豊かで・・・でも、「生きる」って、そんなに単純なモノでもないか。中学1年が終わる頃には、一刻も早くこの地を出て、東京へ・・・なんて考え始めたワケです。やはり、ふるさとは遠きにありて思ふもの。そして悲しくうたふもの。よしやうらぶれて異土の乞食となるとても帰るところにあるまじや。

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